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レースへの取り組み

第1章 プロローグ そしてF.C.C.とTSRの挑戦が始まった。

始まりは二人の男の出会いからだった。 藤井正和(現TSR代表)と野口悟(前株式会社エフ・シー・シー取締役)。

1980年後半、空前の好景気の中、オートバイはレーサーレプリカというジャンルが爆発的人気を博し、同時にライダーの甲子園とも言われた「鈴鹿4時間耐久ロードレース」が人気を集めることになる。 最盛期は60台の決勝グリッドに対して、日本全国から600台に迫るエントリーを集めた。
そんな時代背景の中、当時テクニカルスポーツの総監督として鈴鹿4.6.8.時間耐久レースに参戦していた藤井氏と、2輪クラッチで世界へ進出を目指す F.C.C.野口氏(当時技術研究所技師)が出会うこととなる。

1988年、既に鈴鹿4耐の世界では圧倒的強さを発揮していたテクニカルスポーツ(現TSR)。二人の出会いがきっかけとなり、またF.C.C.社長がレースに興味を持っていたことも重なり、F.C.C.は本格的にレースの世界に参入することになる。
1988年テクニカルスポーツとのジョイントを開始し、翌1989年にはスポンサーとして全面的なサポートを行い、お互いに切磋琢磨するようにして、パートナーシップとう強固な信頼関係を築いていくことになるのである。

そしてF.C.C.とテクニカルスポーツ(現TSR)の新たな挑戦の幕が明けた。

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