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採用情報|株式会社F.C.C.(エフ・シー・シー)

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F.C.C. TSR総監督 藤井 正和

PREFACE

2006年、F.C.C. TSRは鈴鹿8時間耐久レースで悲願の初優勝、そして2011年には2度目の優勝を飾りました。F.C.Cのレース活動は1988年にTSRとのジョイントからスタート。単なるスポンサーとチームという関係ではなく信頼できるパートナーとしてこれまで歴史を刻んできました。F.C.C.に対する思いや、人材育成について、仕事観などをチーム総監督である藤井正和さんにお伺いしました。

“奇跡は人がつくるもの”

―これまでのF.C.C.とTSRの歴史を振り返ってみていかがですか?

TSRとF.C.C.がタッグを組んでからもう25年近くになりますが、ここまで長きにわたってスポンサーという枠を超えたパートナーシップを築いていられるのは、レースの世界では前例のないことです。F.C.C.関係者の方々の情熱と、F.C.C.の目指す国内No.1から世界No.1へという方向性、それらが我々TSRの思いと合致したんですね。最初にF.C.C.社長から言われたことは、「君たちはプロのレース屋なんだから、レースのことはすべて任せる」…嬉しかったですね。そこまで信頼してくれているなら、「F.C.C.」というブランドを広めるために何でもしよう、そして絶対世界で勝てるチームを作ろう、と強く思いました。心地いいプレッシャーを感じましたね。

91年から世界GPへ挑戦し、2003年からは再び国内レース一本に絞って参戦、そして2006年には、悲願であった鈴鹿8耐で優勝することができました。予算もケタ違いに多いワークスチームを破っての優勝でしたから、決まった時にはものすごい熱狂の渦になって。表彰台には社長にも上っていただいて「この優勝は、F.C.C.の方々のおかげです。TSRにすべてを任せてくれ、長年粘り強く、全力でサポートをしてくれました。F.C.C.は我々の同士でありファミリ—のような存在です」と紹介できたので、やっと少し心意気に応えることが出来たのかな、と思いましたね。昨年(2011年)は再び優勝できましたが、F.C.C.との出会いから、世界GP、鈴鹿8耐での優勝と、歴史というものは奇跡の積み重ねによって生まれるもので、且つ奇跡は人間が作り上げていくものだと実感しています。

―鈴鹿8耐では、F.C.C.社員もピットクルーとして参加し、タイヤ交換や給油作業など、 なかなか出来ない経験をさせていただいています。

オートバイのレースは、0コンマ何秒の差で勝ち負けが決まり、なにより死と隣り合わせで戦わなければならないシビアな世界です。ライダーもスタッフも命が懸っていますから覚悟が違う、いわば非日常な世界です。普段は会社員としてF.C.C.で働いている方が当事者として、ライダーやスタッフと一緒に苦労や感動を分かち合う。得るものは大きいと思います。奇跡を創り上げていくストーリーに、レースのプロも素人も関係ないですからね。

“次世代のスーパーヒーローを輩出したい”

―F.C.C. TSRの今後の戦略や目標についてお聞かせ下さい。

これからは、やはりアジア戦略だと思います。特に2輪は東南アジアだけでも今後2800万台が売れると言われていますし、市場はまだまだ伸びます。レースを通じてF.C.C. の技術、製品力をアジアの人たちにアピールし、ブランド化していきたいと考えています。

今の目標は、“スーパーヒーロー”を生みだすことですね。2008年に「TSR レーシングスクール」を立ち上げたのもその一環です。現在のモータースポーツ界に足りないもの、それは、世界で勝てる“日本人のスーパーヒーロー”だと思っています。現状では欧米のライダーがまだまだ強い。我々日本人は単純に身体能力や体格がものを言う陸上などの競技では、欧米やアフリカ人には、なかなか敵いません。しかし、道具を使った競技、その道具もテクノロジーを駆使した最新鋭のものを使った競技であれば勝てるんです。これは決して不可能な話ではないですよ。日本にはオートバイの4大メーカーがあり、F.C.C.のように世界最高峰の部品を作るメーカーも沢山あるのですから。今、日本人は残念ながら自信を失いかけていると思います。世界一になることに飢えている。だから世界中を席巻するようなライダーを誕生させたい。世代を越えて「あんな人になりたい!」とみんなが憧れるようなスーパースターを輩出したいのです。日本中を感動と熱狂に包むような・・・考えただけでワクワクしますよね。

“夢やビジョンは大きなアークを描け”

―少しお話の方向を変えて、仕事観についてお伺いしたいのですが

どんな仕事をする上でも大切なこと、それは夢やビジョンは大きなアークで描くことだと思います。個人が一生のうちにできる仕事量なんて微々たるものです。だからこそ、最初から夢やビジョンを、自分のやれる範囲で描くのではなく、自分の想像を飛び越えるような大きなアークで描いてみるのです。そして「自分はこの夢が現実になるところを見られないかもしれない。でも、この大きなアークのひとつの断片となれれば良い」といった気持ちで仕事に取り組むべきだと思います。こういう考え方ができれば、日々自分が果たすべき役割が明確になり、ブレないのではないかと思っています。

―最後になりますが、就活生やF.C.C.の仲間へのメッセージをお願いします。

よく事業に必要なのは「人・モノ・金・情報」と言われますが、1984年にTSRを復活させた頃は、「モノと金は無い」し「人と情報も、レベルがたいして高く無い」と、ないないづくしでした。あるのはチームを作って鈴鹿8耐で勝ちたいという情熱だけ。だからといって最初から「やらない」という選択は有りませんでした。どうやったら出来るだろう?と必死で考えましたよ。それこそ動きながら走りながら考えて色んな努力をしました。そうしたらだんだん人が集まってきて、モノや情報、F.C.C.のようなスポンサーもついてくれるようになって、優勝という夢を叶えることができた。誰だってやれば出来るんです。大事なのは「やるという意志」なんです。

今は、与えられた仕事をこなすだけでは生き残れない時代です。志と自信をもって、失敗を恐れずどんどん挑戦していって欲しいと思います。そして我々と共に奇跡を創っていきましょう!

F.C.C. TSR総監督藤井 正和

1961年千葉県生まれ。父、璋美氏は日本のモータースポーツ創世記にホンダのワークスライダーとして活躍し、テクニカルスポーツ(現TSR)の創立者である。
大学中退後、大阪で就職していたが、父からの「仕事も減ったので廃業する」との連絡で鈴鹿市の実家に戻り、84年に知人2人でTSRを復活させた。当初は自身がライダーとして参戦していたが、自分より才能のある人を育てたいと以後はマシン製作、選手育成に専念。
現在は、チーム総監督として指揮を執る。