トップとのポイント差は34pt。チャンピオンシップ争いに再び喰らいつくためには、ここで確実に上位に食い込み、最終戦鈴鹿にバトンをつなぐしかない――
そんなハイプレッシャーな状況を跳ね除け、オッシャースレーベンで2年連続となる優勝を飾ったF.C.C. TSR Honda France。 映像だけではわからないレースの裏側を、ピットクルーに聞いた。
「一番優勝の可能性が高いレースだった」
それは帰国直後、F.C.C.従業員の前で今回のレースを振り返った、あるピットクルーから発せられた言葉だった。 その確信めいた言葉の裏には、いったいどんな理由があるのだろう。
オッシャースレーベン8時間の舞台となったサーキットは、コース幅が狭く、オーバーテイク(追い抜き)のリスクが高い。必然的にアタックのチャンスが限られるレースとなる。
となれば、マシンのスピード、ピットワークの精度ともに拮抗するトップチーム同士のバトルで、頭一つ抜きんでるためにはどうすればいいか。
カギになるのは、どんなに速いチームでも一定のタイムロスを余儀なくされるピットインの回数を、いかに少なくできるか、だ。
「燃費のよさとかピットタイミングの作戦は僕たちの強み。
だからこそ、そこを活かせれば勝てるよね!と思ってました」
中盤からツートップ状態となった#1 F.C.C. TSR Honda Franceと#7 YART-YAMAHAとは、ほぼ同時ピットイン、アウトなどの印象的なシーンからもわかるように、少しでも目を離せば順位が入れ替わってしまうような、刺激的なバトルを繰り広げた。
しかしこれをピット回数という視点から見てみると、少し違った景色が見えてくる。
「このままのペースで行けば、僕たちの方が1回少ないピットインで終われるだろうということは予想できていて。そうなれば、20秒近いアドバンテージを稼ぐことができる。たとえ5秒引き離されていたとしても、相手がピットに入ったタイミングで逆転できるんです」
今回のコースのラップタイムはおよそ150㎞/h。直線やコーナーでの実際のスピードとの違いはあるものの、20秒あれば800m以上の距離を進むことができる速さだ。テールトゥノーズの接戦を制するうえで、十分な武器と言えるだろう。コース上に見えているものだけが、耐久レースのすべてではないのだ。
強さのヒケツは「同じ釜の飯」にあり?
顔を合わせれば「Hola!(オラ)」、ご飯の時には「Mangiare!(マンジャーレ)」…耐久レースチームのなかでも、とりわけ多国籍なF.C.C. TSR Honda Franceのテントには、さまざまな国の言葉が飛び交っている。
レースウィークがはじまり、ドイツ入りをしたF.C.C.クルーたちが朝食を囲んでいた、ある朝。 イタリア語やスペイン語、フランス語に交じって「おはようございます」という流暢な日本語が。
聞きなれない声に振り返ると、そこにはオーストラリア人ライダー、ジョシュの姿があった。
「普通に日本人の発音で喋るんですよ。びっくりして思わず二度見しました」
彼は、現在チームに所属しているライダーのなかでも、TSRとの付き合いが最も長い。過去には日本で活動していた時期もあったが、当時は日本語を話すどころか、日本人スタッフとコミュニケーションをとることすらなかったという。そんな彼を知っているからこそ、その変化にクルーたちは驚いたのだ。
「昔は僕のイマイチな英語なんて相手にしてもらえませんでしたけど、いまは違うんです。全然違う」
耐久レースは個の力ではなく、チームの力で戦う。
ライダーやメカニック、ピットクルーの“技”、マシンの“体”、そしてチームを構成する人たちの“心”がそろって、はじめて勝利を掴むことができるのだ。
たとえ、どれかひとつの力がずば抜けて優れていても、それだけでは勝てない。
チームにとってアウェーとも言える、ヨーロッパ中心の世界耐久レースに挑戦し始めてから4年。
文字通り同じ釜の飯を食し、一枚岩となって幾多のレースを乗り越えてきたことで、ライダーのマインドにも変化が起きていることは、前回のスロバキア戦での様子からも明らかだ。世界連覇を達成してからこれまで、クルーたちはチームの雰囲気について、いつも「いまが一番良い」と答えてきた。
きっとこれから先も、その言葉が聞けるはずだ。
鈴鹿での最終戦に、すべてを賭す
勝たなければ、世界連覇にバトンをつなげない。
そんな水際の状況で臨んだオッシャースレーベン8時間。時間が経つにつれ、ライバルたちが転倒やトラブルで次々と姿を消していくなか、満を持して“ミスなく勝つ”レースを披露し、昨年に続き勝利を収めたF.C.C. TSR Honda France。
#1の意地と誇りで後続チームに1周差をつけてのチェッカーフラッグとなった。
こうして、昨年9月にスタートした世界耐久レースも、最終戦鈴鹿を残すのみとなった。チームは今回の勝利で30ptを獲得。
土壇場でランキング3位までのし上がったものの、トップチームとの間にはいまだに23ptという高い壁が立ちはだかっている。
障害はそれだけではない。
鈴鹿8耐には日本メーカーのワークスチームをはじめとした、有力なスポットチームが数多く参戦する。何度も参戦した馴染み深いレースといえど、これまでの海外ラウンド同様、もしくはそれ以上の苦戦を強いられることは避けられない。
昨シーズンとは異なる緊張感で、彼らはこの夏鈴鹿に舞い戻る。
遠く、海外の地でチャンピオンナンバーを背負い、世界連覇へとひたむきに走り続けた彼らの日本凱旋を、ともに見届けよう。