鈴鹿8耐から2ヶ月弱、日本初となる世界一獲得の熱狂も冷めやらぬ中、慌ただしく幕を開けた世界耐久選手権2018-2019シーズン。チャンピオンナンバーの#1を背負って臨んだ初戦・ボルドール24時間、チームはEWCで通算3勝目を実現し、世界に再びその存在を見せつけた。新しい体制で臨んだ開幕戦の裏側を、F.C.C.ピットクルーのリアルな声とともにお伝えする。

6人で挑む新たなシーズン
2018-2019シーズンを迎えるにあたって、チームには大きな変化が2つあった。
1つはF.C.C.クルーの増員だ。昨シーズンの24時間レ―スには“給油のプロフェッショナル”として3人の従業員が派遣されていたが、今回からは給油だけでなくタイヤ交換やタイムの計測など、ピットワーク全体をサポートするために、6人が派遣されることになった。
F.C.C.クルーが中心となってピットワークを行う鈴鹿8耐のピットタイムは11、12秒。世界でもトップレベルのスピードだ。鈴鹿だけでなく、シーズンを通して今まで以上にピットワークの精度を高め、ライバルたちに勝ち続けていくためにも、“耐久のプロフェッショナル”としてのF.C.C.クルーの力がチームから必要とされたのだ。

こうして今シーズン初戦となるボルドール24時間は、昨シーズンの海外ラウンドに参戦した3人に、世界耐久初参戦のメンバー3人を加えた6人体制で挑むこととなった。
今回初めて24時間耐久に参加したという稲寄さんは、走行中のライダーにサインボードと呼ばれる電光掲示板を通して、残りの周数や他のチームとのタイム差を知らせる役割を担っていた。
「ライダーが回ってくる度にタイムを計ってサインを出すので、本当に24時間休む暇が無いんですよ」コースを1周するのにかかる時間はだいたい2分ほど。今回のレースの周回数は698周なので、2分に1回の作業を24時間、698回行っていたことになる。これを初めてで1度も失敗することなく完遂してみせたというのだから、彼らが鈴鹿でいかにハイレベルな経験を積んできたのかが見てとれる。

鈴鹿の地で脈々と受け継がれてきた技術やノウハウを武器に、満を持して世界に飛び出した3人のF.C.C.クルーたち。2018-2019シーズンははじまったばかりだが、今回のボルドール24時間優勝という功績が、彼らの今後の活躍を予感させる見事な初陣となったのは言うまでもない。
レギュレーション変更で証明されたチームの力
もう1つの変化は、レギュレーション(大会規則)の変更だ。
『ピットワークでマシンに触れることができるのは4人だけ』『ピットレーンに立ち入ることができるのはその4人と給油マン1人、消火器担当1人だけ』というピットに関するいくつかの変更は、チームに大きな衝撃を与えた。
しかも発表があったのは9月12日(水)を過ぎ、すでにレースウィークに突入したタイミングだった。決勝まで時間がない中で、チームは戦略の立て直しを余儀なくされた。従来行われていたタイヤの受け渡しなどのサポートも禁止となり、作業者は10数秒間の間にたったの4人で、マシンにスタンドをかけて前後のタイヤや消耗パーツを交換する、というハードで複雑な作業をこなさなければならなくなった。
そんな彼らの負担を少しでも軽減するため、消火器担当だった大谷さんはマシンをピットに停めるストップボードの提示や、給油タイムの計測、給油口のふき取りなど、ルールの範囲内ででき得る限りの作業をこなした。「消火器を構えているとストップウォッチを持てないので、最終的には脚に巻きつけてタイムを計っていました」いくつものツールを装備したその姿は、まさに創意工夫の集大成だ。こうして今回のボルドールは今までにないスタイルでピットワークに臨むこととなったが、柔軟な対応とアイデアで大幅にタイムを落とすこともなく、危なげなくレースを終えることができた。

パーフェクトな仕事ぶりを見せたクルー全員が、満場一致で「今回のレースの立役者」として名を挙げたのが、チームから10年来給油を任されているベテラン給油マンの竹内さんだ。2人1組で行う従来のスタイルでも相当にハードな24時間の給油を、今回からは1人で行うことになった。

「30㎏のロケットを26回ひとりで打ち切ったことなんてありませんでしたから、やっぱり不安な気持ちはありました。何度も心の中で『当たっちゃだめだぞ、当たっちゃだめだぞ…』って唱えて、毎回必死で集中を保っていました」今回の変更で給油マンは人手が少なくなっただけでなく、マシンに触れることもできなくなったため、その作業はひときわシビアなものになった。ガソリンの噴きこぼれに注意しなければならないだけでなく、少しでも手元が狂ってマシンに触れてしまえば、チームにペナルティが課されることになる。そんな肉体的にも精神的にも極限状態となる24時間の戦いを、世界一獲得を支え続けた給油マンの意地と底力で、ミスなく乗り切ってみせたのだ。
耐久レースはマシンの速さやライダーの速さだけでなく、ピットワークが勝敗を左右する重要なファクターであるということを証明して見せた。
ボルドールからはじまる世界連覇のシナリオ
そんなチームのバックグラウンドを踏まえて、今回のボルドール24時間の展開を振り返ってみよう。トップポジションで順調にレースをリードしていたF.C.C. TSR Honda Franceは、レース開始から6時間が過ぎた頃にマシントラブルでピットイン。10分足らずの短い時間でマシンを修復しレースに復帰したものの、この時点で順位は17位まで落ちていた。ここからの追い上げこそが24時間レースの醍醐味だとクルーたちは語る。「これが8耐だったら10位フィニッシュですよ。でも24時間レースはここからまだまだ勝負をしていける。そこが面白いですよね」24時間レースは長い時間のなかで、様々なドラマが繰り広げられる。だからこそ面白く、だからこそ世界中のチームの憧れであり続けるのだ。

F.C.C. TSR Honda Franceはその後、回ってきたチャンスを一つひとつ確実にモノにし、後続チームとの競り合いを54秒という僅差で制して見事ボルドール初優勝を獲得。昨年のル・マンに引き続き、フランスの2大大会を制覇するという偉業を達成した。

昨シーズン、最終戦鈴鹿8耐のピットスタッフとして最前線で戦っていた坂本さんは、今回のボルドールに込めた特別な想いを聞かせてくれた。「鈴鹿で世界一が決まった時、ものすごく感動したんですけど、どこかで『自分は最後おいしいとこだけとったな』って気持ちがあって。だからこそ今回は初戦のボルドールにこうして参加できて、シーズンを通してチームに関われるっていうのがすごくうれしい。今度はみんなと同じ気持ちで表彰台に立ちたいですね」
こうしてディフェンディングチャンピオンとして挑む2018-2019シーズンの開幕戦は、51ポイントを獲得する文句なしの順調な滑り出しとなった。昨シーズンの4月から続いた、怒涛のレースシーズンもここで一区切りとなる。とは言うものの、チームの目線の先はすでに次のル・マンへ、さらにその先の2度目の世界一へと向いている。来春、F.C.C. TSR Honda Franceはさらなる進化を遂げて、再び世界を驚かせてくれるはずだ。