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レースへの取り組み

第6章:2年連続の表彰台、しかし…

2006年の鈴鹿8耐優勝から1年、ワークスチームを追いかけるチャレンジャーとしての立場から、追われる立場として臨んだ2007年。F.C.C. TSRはレース直前にライダーを襲ったトラブルに見舞われながら本番を迎えることとなった。

6月下旬に行われた8耐ホンダテストで、大腿骨骨折の大怪我から復帰したばかりのベテラン選手が鎖骨を痛め、次いで7月に入っての8耐メーカー4社合同テストでは、第一ライダーの選手が左手親指を脱臼し本番を欠場。急遽別のチームから若手の選手をスカウトしての参戦だった。

チームにとって暗雲が立ち込める中、11時30分、チェッカーフラッグが振られる。伝統のル・マン式スタートだ。全速力でマシンに向かうライダーたちの中、足を引きずりながら走るベテラン選手。「今年はダメなんじゃないか・・」誰もが不安を感じていた。

しかしその懸念はベテラン&若手の熱い走りが払拭する。ゼッケン778は、115週目のS字で2位に躍り出る。ピットスタッフをはじめ応援にかけつけた全員がヒートアップし大きな拍手がわく。その後も両チームは激しいバトルを繰り広げ、F.C.C. TSRは順位を3位に落とすも、見事表彰台を勝ち取った。ディフェンディングチャンピオンというプレッシャー、大会直前に起きたアクシデントを乗り越え、まさに“最後まで全員あきらめない“-不屈のF.C.C.スピリットで獲得した栄冠だ。

「若い力、新しい力が加わると信じられないほど大きな力になるんです。でも、勝つためには、もっと強くならなければならない。来年を期待して下さい!」藤井監督が叫んだ。

しかし、マシンを一新して臨んだ翌2008年は、出場した2台共にリタイア。続く2009年は、序盤に転倒。最後尾から驚異的な追い上げを見せるも9位に終わる。
表彰台は2010年の3位まで待たねばならなかった・・・。

一度勝てたからと言って、次も簡単に勝てることはない。
やはり鈴鹿には魔物が棲んでいるのだ。

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