世界の最前線で戦うF.C.C.ピットクルーだからこそ知っている、レースの裏側をフカボリ。
ボルドール24時間で起こった、センセーショナルな出来事のさなかで、
チームは何を思い、どんなことをしていたのか。
F.C.C.ピットクルーの1人、講元さんに聞いた。
日に日に高まる
チームワークがつくる
過去最速のピットワーク
講元さんの担当作業はフロントアクスル。
マシン前輪のシャフトを工具で抜き、ペアを組むクルーがタイヤを交換する。
正確さと素早さ、そして連携が求められるポジションだ。
「24時間レースの場合、タイヤ交換などのルーティンワークをこなしながら、プラスアルファの作業を行わなければならないのが大変ですね」
ここで言うプラスアルファの作業、というのは、走行データをとるセンサーのメモリ交換や、フロントキャリパーの交換を指す。

24時間レースでは、なぜフロントキャリパーの交換が必要なのか。
レースにおいて、マシンは高速走行の状態から激しいブレーキングで急激に減速し、コーナーに侵入していくため、必然的にブレーキパッドを大きく消耗する。
そのため、途中で交換が必要になるのだが、摩擦で超高温になったブレーキパッドを取り外すことは、安全面やタイムロスの観点から見てもリスクが大きい。
そこで、キャリパーを丸ごと交換する。いくら最前線の耐久マシンであっても、キャリパーをワンタッチで取り変えることはできないので、いくつもの工具を使って手際よく、確実に作業を完遂しなければならない。この複雑な仕事を、もたつくことなくスマートにこなせるかどうかが、24時間レースの勝敗に大きく影響する。

<講元さんとペアを組んだスペイン人のフェリペ>
「キャリパー交換は2人がかりで行うので、レース中断時やピットインとピットインの間など、少しでも空き時間があれば、ペアのフェリペと練習していました」
フロントアクスルをともに担当するフェリペさんとは、鈴鹿8耐からペアを組んでいる講元さん。ピットでともに過ごす時間が増えてきたことで、いままで以上のチームワークを感じているという。
今回は、荒天による赤旗中断で走行時間が短くなったことにより、残念ながらキャリパー交換のシーンは見られなかったものの、彼らのピットワークは12秒台と、過去最速に近い仕上がりになっている。 次戦ではきっと、さらなる進化を遂げていることだろう。
12時間に及ぶレース中断
変則的なレースで光った、ベテランの走り

激しい雨風によって、レースはスタートからわずか3時間で赤旗中断。
各チームはピットレーンにマシンを並べたままで再開を待ったが、雨脚はついに弱まることなく、明朝6時のリスタートが決まった。降って湧いた12時間のタイムラグを、チームはどのように過ごしていたのだろう。
「最初はレースが再開する可能性もあったので、マシンをさわることができなくて。じゃあ、とりあえずいまのうちにご飯だけ食べとくかって感じで。その後、オフィシャルから中断が発表されて、マシンをピットに入れてからは、決勝前のメンテと同じように、一からマシンを組み直していきました」
一時休戦とはなったものの、レースが終わっていない以上、ピットは常在戦場。
休憩もそこそこに、クルーたちは作業に取り掛かる。汚れたパーツを綺麗に洗浄し、異常がないかを一つひとつ確認。レース再開時にマシンを最高の状態で送り出すために、作業は夜遅くまで続いた。

翌朝4時、レース開始2時間前のピットには、すでにクルーたちの姿があった。ポールリカールサーキットは、まだ日の出前。ナイトレースのような暗さのなか、ライトオンしたマシンが徐々にコースへと戻っていく。
ファーストライダーはフレディ。前日のスタートライダーも務めた彼は、F.C.C.ライダーのなかでも最年長のベテランだ。世界耐久の経験も長く、数多くの優勝実績がその実力を物語っている。昨シーズン、海外メディアにチームが取り上げられた際には、チームメンバーに街中で見つけたお土産をプレゼントする、お茶目な一面を披露した。
そんなフレディが、トリッキーな路面状況をものともしない、安定した走りで立て続けに2スティントを走行。トップを守り切り、マイクへとバトンをつないだ。
それぞれに強みを持った、バラエティ豊かなライダーたちの存在が、F.C.C. TSR Honda Franceの強さを支えている。
トップ走行中、突然のスローダウン
その時ピットは―
「レースが再開したあたりから、このペースでいければ固いなっていうのは感じていました」
チームはトップポジションで、ピットワークもスムーズ。
レースは順調に進んでいた――ように見えた。 再開から3時間あまり、次のピットインに向けて準備をしていた講元さんたちの目に飛び込んできたのは、コース脇で懸命にマシンを押すライダーの姿だった。
「モニターを見て、エンジンの調子が悪いことはわかったので、それまで準備していたものをすべて変えて。すぐにメカニックが役割を指示しました」
カウルの右を外す人、左を外す人、それを移動する人、エアーを拭く人……
采配が行きわたると、クルーはすぐさま行動に移る。
瞬く間に、ピットは戦場へと変わった。
マシンを入れるスペースを確保し、エンジンを見ている間にでき得る作業をしらみつぶしに探す。時間は1秒たりとも無駄にできない。

トラブルの原因はエンジンブロー。クランクケースが破損し、マシンは修復不可能と判断された。準備されていた作業は行われることなく、チームはレース開始から18時間でリタイアを余儀なくされた。
「やっぱり、直後は悲壮感みたいなものもすごくありました。でも撤退作業をしてるうちに、だんだん気持ちが次に向いていって。レースを始めてから、確実に負けず嫌いが加速してます(笑)僕はいま、次のセパンで絶対1番になってやるっていう闘志でめちゃめちゃ燃えてますよ」
チャンスはただ一度
初代チャンピオンの栄冠を目指して―
赤旗中断により、中間ポイントのタイミングが変更*されたことで、チームは予選順位の3ptと、レース中断前順位の10ptを獲得。
合計13ptで、ランキング10位からのスタートとなった。
次戦は初開催となるセパン8時間。鈴鹿に次ぐアジアラウンドでの決戦に、チームは並々ならぬ熱量を寄せている。
「セパン初代チャンピオンの称号を獲得するチャンスは、この1回しかありません。 日本を、アジアを代表するチームとして、絶対に逃せない。そういう気持ちがあるので、次戦の重要度っていうのはチームのなかではかなり高いです。どこよりも速く、確実に仕事をこなして、獲りにいきたいと思います」

ヨーロッパを離れ、アジアの地でチームが再び結集する12月。
初代チャンピオンの座をかけて、新たな戦いに挑む彼らの雄姿を見届けよう。
*通常、8時間と16時間のタイミングで加算される中間ポイントを、赤旗中断時の順位と、再スタート後の現地時間AM10:30の順位で付与。 (FIM EWC JAPAN公式twitterより参照)